マケドニアのアレクサンドロス大王による
(在位前336~前323)ペルシア征服などにより、ギリシア世界はオリエント地域を含めて大きく拡大した。
大王の死後、その領土はマケドニア、エジプト、シリアの3王国に分かれた。
なかで、エジプトを治めたプトレマイオス王朝は経済的にも文化的にももっとも栄えた。
ヘレニズム時代(前4世紀後半~前1世紀後半)の到来である。
その首都アレクサンドリアには、ムセイオンとよばれる大規模な学術研究所が設立され、そこには大図書館をはじめ、動・植物園や天文観測所、不老長寿の薬を研究する一種の化学研究施設や解剖室が設置され、各地から国費で学生、研究者が集められ、主として文学、数学、天文学、医学の研究に従事した。
とくに科学分野の研究では、狭いギリシア社会と違って広大に開かれた世界となったこともあって、一方では、従来のギリシア科学の成果を改良しながら再形成する仕事がなされたが、他方では、理論と実際とが一致するような新しい科学を求める風潮も強まってきた。そうした科学者たちとその研究業績は次のようである。
ユークリッド(エウクレイデス)は先人の数多くの数学的業績を『ストイケイア』Stoicheiaにまとめた。
この著は初等幾何学の入門書としては匹敵するものがないほどの名著であり、その周到な体系化と精確な論理性とは19世紀までその権威を維持した。
ペルゲのアポロニオスは、メナイクモスらの始めた円錐(えんすい)曲線論をさらに一般化し、近代的ともいえる円錐曲線論を展開した。